erinitaの日記

スペインバレンシアに留学中🇪🇸思ったこと感じたことオススメ情報などをつらつらと

わくわくの消失と同時に生まれたもの

 

 

 

 

今思ったことを書き留めていこう

 


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あと一週間で誕生日だ。

22歳になる。

 

 

いよいよ響き的に、大人という事実から逃れることができないきがする。

 

 

 

 

 

そういえば子供の頃はどうだったかな。

 

 

 

 

誕生日1ヶ月前からわくわくするあの感覚。

 

1週間前なんてもうわくわくが止まらない。

まさに心が、彩りを持ったわくわくという感情に支配されているようなもん。

 

 

 

 

絵に書くんなら小さい頃に使っていたクーピーカラークレヨンの

 

端から端まで全部使いたくなるくらい。

 

 

 

 

 

 

なんのプレゼント貰えるかな?

ずっと欲しかったあれもらえたら嬉しいなあ!

 

あとケーキはなんだろう?

早くあの幸せの味を口にしたい!

 

 

 

 

 

そんな感じでわくわくが

心から離れてやまなかったのに、

 

今はどうだろうか。

 

 

 

 

 

 

あ、そういえば今月誕生日だ

 

て思い出す私になってしまった。

 

 

 

 

 

あのときの、まだ小さかった頃のわくわくの感じがあるかと問われてみれば、そりゃ特別あるわけではない。

 

 

 

 

誕生日が嫌なわけではないし

無論好きである。

 

 

 

 

 

 

でもなぜわくわくが消えたのか。

 

 

 

それは自分で手に入れられるようになったからだとおもう。

 

 

 

 

 

バイトの身分でも

今は買いたいものはある程度買うことができるし

 

甘いもの食べたくなったときは

あの幸せの味をいつでも噛み締めることができる

 

余程のものじゃない限り

物に関しては、自分の力で自分を満たすことができるようになった。

 

 

 

 

だからどうやら

物というものさしで見たとき

私のわくわくは消失してしまったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもその消失と同時に

逆に生まれてきたモノがある。

 

豊かになったものがある。

 

 

 

 

 

それは気持ちである。

 

 

 

 

 

例えば、小さい頃が一だとすれば

今は世界を十の気持ちで見ることができるし

受け入れることができる

 

と思っている。

 

 

 

 

 

 

嬉しいも、

悲しいも、

楽しいも、

悔しいも、

寂しいも、

辛いも、

感動も、

幸福感も、

 

黒いも白いも

酸いも甘いも

 

全部。

 

 

 

 

子供の頃は知り得なかったことがたくさんある。

 

 

 

 

 

 

情報社会が発達して、今はグーグルをぽちっとすれば情報はなんでも手にはいるし、地球の反対側の世界のことも容易に知ることが出来るようになった。

 

バイトをはじめたら自分のモノは自分で買えるようになった。

 

一人暮らしを始めたら自分のしたいように時間をレイアウトすることができた。

 

 

 

 

 

 

でも気持ちだけは買うことができなかった。

 

し、もちろん、今もできない。

 

 

いくら力がある人でも

いくらお金がある人でも

いくら時間がある人でも

 

 

 

気持ち、想いは機械のようには得られない

 

 

 

 

 

誰かからの温かい気持ちは

無限に嬉しいものだ。

 

手紙をもらった日には

文字からも気持ちが伝わってくる気がして

もうとても嬉しくなる。

 

ずっと大切にしていきたいって思う。

 

 

 

 

 

 

諦めていたことが達成できたときの高揚感

 

ふと見上げた時の星空が綺麗だったときの幸福感

 

大切な人との繋がりを実感できたときの安堵感

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さい頃と比べ

わくわくは消失してしまったが

 

 

 

 

想いだったり気持ちのものさしは、

 

すこしばかり伸びた気がする。

 

 

 



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21歳もあともうすこし頑張ろう。

 

 

 

 

erinita